日記とプロファイル
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Short Story

Plastic film in the pool

カメラがある。
コンビニでも手に入る、24枚撮りのインスタントカメラだ。
ファインダをのぞく。
なにもうつらない。

ゆうべの夜食が広げられたままのテーブルに、見なれないものをみつけてイドがバルトのみつあみをひっぱった。
「カメラだよカメラ。見たことねえ?」
あいかわらずイドのことを宇宙人かなにかだとおもっているのか、バルトがけっこうまじめな顔でずいと赤い髪につめよる。
「なんでこんなものがここにあるのか、と訊いてる」
「なんでって……課題の写真撮るのにカメラねーからさ、コレでまにあわしたんだよ」
バルトは機械工学部の学生だが、一般講義で建築学概論も取っている。
劇場建築物の撮影が必要だったので、コンビニのインスタントカメラを買ったということらしい。
てのひらにおさまるくらいの、いかにも軽い光学器械をもてあそびながら、  
「撮ってやろうか。おまえ写真なんて撮ったことねーだろ」
レンズを赤い髪の男に向けると、ふいとそっぽをむかれた。
「馬鹿馬鹿しい」
もちろん、写真なんて馬鹿馬鹿しいものだ、そんなのはバルトも知ってる。
でも、にんげんなんてばかばかしいもののために生きてるんじゃないか。
正攻法ではいかない相手だし、突発的な思いつきにバルトは少ない容量を最大限に活用する。  

「じゃあ、おまえもフェイの顔、知らねーの?」
「知ってる」
言いざま、なにかを投げてよこす。
大学の学生証だ。
証明写真なんて、いちばんちがう、だれでもない顔をうつすだけなのに、イドはフェイの顔を『知ってる』と言う。
バルトはうー、と舌足らずにうなりながら前髪をぐしゃりとかきあげる。
「こりゃちょっとひでぇよ。目ぇ半開きだし、死体みてーな顔色だし」
「写真なんてそんなものだろう」
バルトから磁気を帯びたプラスティックの学生証をとりあげながら、興味なさげに言いはなつ。
なぜかちょっとだけむっとして、バルトはイドの頬をぴたぴたとたたいた。
「フェイはおまえの顔、知らねーと思うぜ」
その手をうっとうしそうにはねのけて、イドは眉をしかめる。
「そーだ、見せてやろう、おまえの顔。フェイにさ」
はねのけられた手をまたイドの後頭部にそえて、バルトはしょうこりもなくちかよっていく。
「そんなことしてどうする」
「どーするって、どーもしねぇよ」
いささか乱暴な口調で、フラッシュをオンにする。
「いーじゃん、ほらいっしょに撮ればはずかしくねぇって。なぁ、前むけよ」
ぐいとイドの顔をひきよせ、レンズをじぶんとイドにむけて瞬時にシャッタボタンを押す。
次の瞬間にはすごい力でひきはなされて、バルトは背中から壁にたたきつけられた。
「いって……」
でもこんな暴力沙汰にはもうなれっこで、そんなことはどうでもいいのだ。
「へへーん。でも、もー撮っちまったもんね」
カメラをだきしめるようにかかえこんで、いたずらっぽく笑ったけれど、くちもとはすこしひきつっている。
じぶんがやったことがどんなことか、本能がおしえていた。    
「見せるな」
そう言った、イドの顔にむけて、バルトはふいにシャッターを切りたくなった。
紅い髪、金色の目は温度の低い光をはねかえして、どうして赤色がこんなにつめたいのかと思う。
フェイの持たない色素は、どこからくるのだろう。
「見せるな」
もういちど言って、イドは目を伏せた。
そのまぶたの下につめたい金色がねむっているのだと思うと、それをフィルムにやきつけずにはいられない気がした。    

写真をとりたかった。
でもだれにも見せられないと思った。
だってじぶんの知らないじぶんのすがたなんて、だれも見たくない。
じぶんの知らない、じぶんでないじぶんなんて。
だからだれにも見せない写真を、夏の終わったプールに捨てに行く。
講堂の裏手にあるプールは、もう水が抜けてセミの死骸もかわいている。
ブレて輪郭のたどれない写真。
破ろうと指をかけて、やめた。
どうせ。  
だれもうつっていない。

** end **