日記とプロファイル
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Short Story

Honey like Chocolate

「いやー、あンときのイドの顔ってばさ、いや顔はかわんねんだけど、なんちゅうの、こう周波数っつうの?アレがさー」
大学生の長い長い夏休み、旧式の扇風機が弱々しい音を立てる小さな部屋。
色ちがいのうちわをせわしなく動かしていた同居人が、はたとうごきを止めたのを見てバルトはちいさく眉を動かした。
「あいつの話は聞きたくない……」
またこれか。
イドの話をはじめると、いつもこの調子でシャットダウンされてしまうので、バルトはどうもおもしろくない。
「そりゃ、おっかねえし、たまになんかと通信してることもあるけど、おまえがゆうみてぇな、なんつの、諸悪の根源つーか、ゴジラ対ビオランテっつーか、帝都大殺界っつーか、まあそんなアレじゃない気がすんだけどなあ。おんなじカラダつかってんだから、同居人みたいなモンじゃねぇか、なぁ?仲良くしたほうが楽しいだろ?ここはひとつ、あゆみよりを見せてだな……」
「会えもしない人間と、どうやってあゆみよるんだ?」
「……こ、交換日記とか……」
苦しいところをつっこまれて、苦しまぎれにだれもが却下したいことを提案する相方を、フェイはため息まじりに見やる。
「バルトは……バルトは、あいつのせいで俺が、どんな思いをしてきたか知らないからそんなことが言えるんだ……」
「俺が知らねえんじゃなくて、てめーが言わねんだろーが!」
甘えンなよ、とかるく頬をはじいて、 すこし怒ったような顔をしてみせるバルトに、フェイは口の中でちいさくごめんとつぶやく。
それでもやっぱりフェイはなにも言わないから、バルトはすこしこまったように笑った。
「おれたちダチだろ?ずっとひとりで苦しんでるなんて、みずくせぇじゃん!話したら、ちっとは楽になるかもしれないぜ?」
「バルト……」
ほんわかハートウォーミングな、友情オーラがふたりをつつむ。
以下30秒、みつめあうふたり。

・・・・・・・・しばらくお待ちください・・・・・・・・

「あれは、忘れもしない小学校4年生の夏……」
ひとしきり盛り上がったあと、静かな怒りを押し殺すようなひくい声で、フェイは話しだした。
「登校途中で、また記憶がとぎれたんだ……気がついたら、自分の部屋にもどってて……。ランドセルの中から、妙な臭いがしてた。厭な、予感がした……。でも、ほっとくわけにはいかないだろう?ふるえる手で、ランドセルをあけると……」
淡々と、思い出したくないであろう記憶をひきずりだしていくフェイを、バルトは知らず息をとめてみつめていた。
フェイの顔が、今も薄れない恐怖のためか大きくゆがむ。
「近所の総菜屋の袋にぎっしり詰められた、わかめの酢の物だった……」
「…………」
「なにかの嫌がらせなのか、そいつの好物なのか、それともただの気まぐれか……それはわからない。でも、貧乏性で食べものを粗末にできない俺は、なまぬるくてねとねとした、もはや食物とは思えないソレを、泣きながら食べた……給食のメニューの中でも、いちばん嫌いだった。ソレが、猛暑でさらにおそるべき味覚と食感をそなえて……俺の前に立ちはだかったんだ……。でろでろになったきゅうりと、半分酢に溶けた、暗緑色のわかめ……。クーラーのない、不快指数120パーセントの部屋で…あの日…俺は……俺は誓ったんだ、戦うと……!!」
何と?己と?人生と?という、数々の疑問をよそに、フェイの瞳は色褪せない熱い思いで燃えていた。
「おまえ……」
さすがの<バカ2号>バルトもこれには呆れたのか、ワンフレーズで絶句していたが、
「なんてかわいそうなんだーー!!つらかっただろ!苦しかっただろ!そんなことも知らないで、俺、おれ……!!」
「わかってくれるのか、バルト……!!」
ひしと抱きあうふたりに、天(井)から声が降ってきた。

『静けさや 岩にしみいる バカの声』

「なんだ!?どこからともなく風流な声が!」
「先生!?」
「先生って誰だ!?」
「ああっ、禍々しい前世の記憶が……!エリィーーー!!」

・・・・・・・・しばらくお待ちください・・・・・・・・

「ふう……こう暑いとやたらめったら電波が飛んできやがるぜ。クーラー買えよ、フェイ」
「シグルドさんから月30万仕送りしてもらってんだから、それくらい買ってくれよ……」
生活費も入れてもらってないのに、とグチりはじめたフェイをきれいに無視して、バルトはなんの根拠もなく胸をはる。
「とにかく、俺にまかせろ!心の友として、おまえの恨み、はらさでおくべきか!!」
「バルト……!!」
「フェイ……!!」
熱い友情オーラが(以下略)そして、熱い夜(いろんな意味で)はふけていくのだった。

そして数日後、山盛りのチョコレートを前に限りなく無表情な、赤毛の男がいた。
ちょっと前に、シグルドに持たせたブラウニーの残りを餌付けしようとしたとき、無表情だがほんのすこし嫌そうな気配がしたのを、バルトの動物的勘は見逃さなかった。
こいつはゼッタイ、チョコレート系の甘いものが苦手にちがいない。
しかもこの猛暑、クーラーのないこの部屋でチョコレートは今も確実に溶けだし、えもいわれぬ芳香と外観をアピールしている。
これはチョコレート好きでも遠慮したいところだ。
それでも、フェイの味わった地獄には到底及ばないかもしれないが……、と健気にくちびるをかみしめるバルトの愛憎うずまく心情を、気づいているのかいないのか、イドは無言無表情で「なんだコレは」電波を飛ばしてきた。
「今日の夕メシ!いやー昨日作ったらそりゃーもう盛大にあまっちまってさー。是非、おまえにも食ってもらおーと思ってな!さあ、食え!問答無用で食え!!」
夏の心霊特集、高速道路に落ち武者の霊!?の中表紙になりそうな表情で迫ってくるバルトを、すんでのところでかわしてイドはずざっと立ちあがる。
「おおっと、どこ行くんだぁ?」
部屋から出ようとするイドを、バルトはダン!と壁に片手をついてさえぎった。
そのまま、もう一方の手にチョコレートの雪崩れた大皿を持ち、イドを囲い込んでしまう。
「ま・さ・か、オレサマ特製ワイルドチョコレート・ スペシャルを、ひとっくちも食わねーつもりじゃねぇよなぁ?」
いつもの天使のような無邪気さは微塵もなく、ゴキブリ色の半液体をイドに押しつけるバルトのやり口は、ハッキリ言ってヤクザだ。
いっぽう、ふだんなら絶対に腕力も瞬発力もすべてがバルト(というか常人)を凌駕しているイドだったが、今日はなんだか勝手が違う。
バルトはゴルゴ13のような彫りの深い殺気をかもしているし、なにより、この甘ったるい臭いが蒸し暑い室内に満ち満ちて、からだに力が入らないのだ。
表情は変わらないながらも、握りしめられた右手が焦りを如実に表現している。
ほら食え、と鬼畜AV男優もかくやという表情でイドを追いつめるバルトだったが、ふいにけたたましくドアベルが鳴った。
ちっ、と心底悔しそうな舌打ちをして、壁においこんでいたイドをいったん解放する。  
「……と、ちょっと待ってろよ!消えるなよ!替わるなよ!飛んでくなよ!!」
あいかわらずイドを人間とは思っていないようだが、まだゴルゴ13な形相で釘をさし、バルトはあわただしくパーティションのむこうへ消える。
そのとき、イドが安堵のため息をついたかどうかは、歴史の闇に葬られてしまったが。
あとには、複雑な無表情でチョコレートの山をみつめる赤毛の男が残った。

数分後、『幸運を呼ぶナノリアクター』の押し売りからほうほうのていで逃れてきたバルトが目にしたのは、不自然なほどキレイにかたづいた大皿だった。
ただすわっているだけでもなぜか不敵な、しかし今日はどこか弱々しい、ふたりめの同居人の表情はあいかわらず白いだけだったが。
「あーーーっっ!おまえ、捨てただろ!?」
「知らんな」
文字通り食ってかかるバルトに、イドはこころなしか迫力負けしながら、それでも最後の意地なのかくちびるの端を上げてみせる。
「ぜんぶでいくらしたとおもってんだ!食いモン粗末にしやがってー!」
「仕送り月30万が何を言う」
「なンで知ってんだよ!」
ゴルゴ13どころか諸星大二郎のマンガの表紙みたいにシュールな顔で怒り狂うバルトをよそに、そっと口元をおさえるイドを天井裏の誰かだけが見守っていた。

翌朝、 バルトはとなりで眠る同居人の、悪霊にとりつかれたようなうめき声で目をさました。
まず最初に長い髪をひっつかみ、ゴキブリの羽……もとい、カラスの濡れ羽のように黒いことを視認してから、心配げに顔をのぞきこむ。
「どした?フェイ」
シーツにのめりこんでいるフェイの顔色はドス黒く、いくら地黒とはいえ、尋常でない黒さだ。
「バルト、俺、なんかきもちわるいんだけど……」
「え?」
「なんか……胃のあたりがムカムカするっていうか……こう、頭もなんかのぼせて……うっ……」
「うわーー!フェイ、しっかりしろーー!!死ぬなーーー!!」
お約束どおり、盛大に鼻血こいてるフェイを介抱するでもなくただゆさぶりながら、原因にまったく思い至らないバルトだった。

うだるような酷暑の夏、バルトロメイ・ファティマ18歳、彼は、おおかたの予想をはるかに超えて、バカだった。  

** end **